「ハズレ」のチャンスを掴まないためのポイント

チャンスを掴みに行く勇気がないなら、受け入れるだけでもいい【その2】でみたように、「チャンスを掴みに行くことはできなくても、受け入れるくらいはする」というコンセプトは、僕のライターとしてのキャリアをぐんぐんステップアップさせてくれています。

しかしこのコンセプト通りに行動した結果が、全て自分の成長につながったわけではありません。中には「いやあ、これは失敗したな。お金とストレスが増えただけだな」という選択もありました。

以下ではその経験を踏まえたうえで、いわば「ハズレ」のチャンスを掴まないためのポイントをまとめておきたいと思います。ポイントは全部で3個です。

今の自分のレベルと同等かそれ以上の仕事か?

僕が何度か「受けなきゃよかったかな」と思った仕事の特徴は、「実入りはいいのに、あんまり頑張らなくていい」「実入りはいいけど、つまらない」です。これは結局自分のレベルに対して同等より低いレベルの仕事なので、成長できません。

しかし仕事に限らず、チャンスを受け入れる前にそのチャンスが自分にとって同等かそれ以上のレベルのものなのかを判別するのは簡単ではありません。これを判別するために僕が目安にしているのは「原稿のイメージがつくかどうか」です。

仮に概要を聞いた時点で「はいはい、こんな感じに情報収集して、こんな感じに構成すれば出来上がりね〜」というところまでイメージできたら、それは自分のレベルに対して同等より低いレベルの仕事です。

多分仕事以外でもこれは同じだと思います。「ここはどうしたらいいかわからない」「どうなるかわからない」という部分があるのは、そこに自分の経験からは導き出せない何かがある証拠です。

もちろんその「何か」が成長の糧になるかどうかはわかりません。しかし少なくとも新しい経験にはなるはずです。

「やりたい」「やってみたい」と少しでも思うか?

人間はモチベーションが高い時は色々な情報を吸収し、効率的に成長できます。逆にモチベーションが低い時は脳の処理能力も低下し、効率が大幅に下がってしまいます。

例えば筋トレでも、モチベーション高く筋トレに集中しているほど筋肉への刺激も高まり、筋肉の成長に繋がりやすいとされています。一方モチベーションが低い状態で、別のことを考えながら上の空で筋トレをしてしまうと、効果が下がるばかりかケガのリスクまであります。

そのため「やりたい」「やってみたい」と少しでも思うかどうかは、舞い込んだチャンスを自分の成長につなげられるかどうかに大きく関係しています。実際「そんなに興味ないけど、実入りがいいからやってみよう」と思って受けた仕事で成長した試しはありません。

最初から最後までモチベーションが低いからです。しかし「お、面白そう」と少しでも思った仕事は、求められる以上の仕事を自分でやってしまうので、成長につながります。それは知識の獲得であったり、情報収集の手法であったりといろいろですが、ともかく何かしらの成長にはなります。

逆に「なんか嫌な予感がする」と思ったチャンスも受け入れるべきではないと思っています。なぜならその予感はかなりの確実でその通りになるからです。

応用編:自分のレベルアップ戦略に合っているか?

ここまではけっこう直感的に判断できるポイントだったのですが、最後の3つ目は少し頭を使います。

例えばウェブライターの場合、近い将来必ず淘汰が進みます。人工知能でも書けるような文章しか書けないライターに仕事はなくなり、より高度な文章を書くライターだけが生き残れるという時代がやってくるでしょう。しかし今は幸いにも、ライティングの仕事は溢れかえっています。この間に経験値を積んで、スキルを磨かない手はありません

ではどういうスキルが必要なのか。今僕が意識しているのは次の2点です。

1.取材力。世に出ていない情報を引き出し、それをわかりやすい形に編集する力。それは時に取材対象者さえ意識できてない情報だったりする。

2.編集力。ウェブの集客につながる形で情報を収集し、かつそれを面白く、わかりやすく仕上げる力。ライティング分野に引きこもるのではなく、企画やディレクションもできなければならない。

このように自分が磨きたいスキルを念頭に置いて、戦略的にチャンスを精査していれば、スキルと無関係なチャンスにかかずらうことはなくなります。

ただしこのやり方を実践するためには「自分に何が必要か」を理解している必要があるので、直感だけではダメです。なので、あらかじめ自分で考えておくという一手間がかかるのです。

このコンセプトで僕が成長できた理由

「チャンスを掴みに行くことはできなくても、受け入れるくらいはする」というコンセプトについて色々と書いてきましたが、このコンセプトが合う人もいれば合わない人もいると思います。

そこで最後に、このコンセプトで僕が成長できた理由を解説することで、「こういう人なら向いてるのでは?」という示唆をしておきたいと思います。

得意分野である「誰かの期待に応える」という形がとれる

変な話ですが、僕の人生の大半は「誰かの期待に応える」に主軸がありました。親の期待に応えるが最初にあって、途中友達の期待に応えるがあったりして、恋人の期待に応えるもありました。

過去形で書いているのは、うつ病から少しずつ立ち直る過程で「他人本位じゃなくて、自分のために生きよう」と決心したからです。しかしずっとやってきたことなので、僕は誰かの期待に応えるのが得意です。期待に応えたいと思うといつも以上に高いパフォーマンスが発揮できます。

もちろんそれは適切なフィードバックあってこそなんですが、それさえあれば頑張れます。結果「F1エンジン搭載軽トラ」になってしまうので、諸刃の剣ではあるんですが、やっぱり誰かの期待に応えるのは得意なのです。

「チャンスを掴みに行くことはできなくても、受け入れるくらいはする」は、多分僕のこの得意分野と非常に親和性が高いコンセプトです。

「あなたならできるんじゃない?」「あなたならできるかもよ?」と与えられたチャンスを受け入れる時、これはまさに「この人ならやってくれるかも」という相手の期待に応えようとする行為です。

この形になることで僕は奮い立ち、より高いパフォーマンスを発揮できているのだと思います。

なので、自分よりも他人本位で、他人のためならけっこう頑張れちゃうという人には、このコンセプトはおすすめです。

苦手分野である「自分を売り込む」をしなくていい

僕は自己肯定感が実はかなり弱いです。

例えば大学時代の彼女に「あなたは私を『可愛いから』『優しいから』好きだというけれど、それって私が可愛くなくなったら好きじゃなくなるってことでしょう。私はあなたがあなただから好きなのに、そんなのってないわ」みたいに言われたことがあります(こんな優雅にしゃべらないけど)。

あるいは今の恋人にも「嫌いには理由があるけど、好きに理由なんてないよ」「あなただから好きなんだから、あなたはどんなあなたでもいいんだよ」と言ってもらったことがあります。

どちらもつまりは「あなたを無条件で愛している」という話なんですが、僕はこれを全く理解できません。「無条件に愛される」ってどういうことなんだ、と思考が停止してしまうのです。

個人を無条件で愛するという行為は愛そのもので、存在の全面的肯定なのでしょう。しかし僕の頭は「根拠のない愛には確証がない。どこからともなくやってきたのだから、知らないうちにどこへなりとも言ってしまう。なんて恐ろしいんだ」と考えてしまいます。

そして「だから僕の愛には根拠がある。その根拠さえ守ってくれれば、愛し続ける」と考えます。

こんな思考回路なので、常に僕は「自分が愛される諸条件から外れるのではないか」という不安に苛まれています。それが僕の持ち味である「超合理的」「クソ真面目」を生んでいるとも思いますが、自己肯定感が低いことには違いありません。

そのため自分を積極的に売り込むということが極めて苦手です。誇りを持てない自社製品を売り込むのが辛いように、自分で肯定できない自分を売り込むのは辛いからです。

もしどうしても必要になった場合でも「こういうマイナス面もありますし、こういうマイナス面もありますが、これくらいならできます…」みたいな売り込みなのかネガキャンなのかわからないことになります。

この点、「チャンスを掴みに行くことはできなくても、受け入れるくらいはする」というコンセプトは、自分を積極的に売り込まなくてもいいという大前提があります。

売り込まなくても舞い込むチャンスを受け入れるだけなので、自己肯定感を自家発電する必要はなく、相手から与えられていればいいのです。これは本当に楽です。

したがって、「自己肯定感が低くて、なかなか自分をアピールできない」という人にもこのコンセプトはおすすめです。

新しい経験が積める

・今の自分のレベルと同等かそれ以上の仕事か?
・「やりたい」「やってみたい」と少しでも思うか?
・自分のレベルアップ戦略に合っているか?

この3点についてはチャンスを受け入れる時に考えますが、僕は基本的にそれ以外のことは考えません。「できるかどうかは別として、とりあえず全力で挑戦します」というスタンスをとります。なので、けっこう予想外の事態もおきますし、「なんじゃこりゃ」という新しい状況も経験します。

僕はこれがこのコンセプトの一番いいところだと思っています。例えばよく考えずにチャンスを受け入れてきたおかげで、今まで以下のような経験をしてきました。

クライアントの依頼 受け入れる時のスタンス 発生した事態
取材できますか? やったことないですけど、やってみます。 アポイントってどうやってとるんや…?
税金関連の原稿書けますか? さあ……やってみましょうか。 専門用語わけわからん……。
ワードプレスの入稿できますか? (ワードのバージョン違いかな)いけますよ。 えいちてぃーえむえるってなんやぁ!!
1万字の原稿って書けますか? いけるんじゃないですかね……? なにこれ、むずぅ……。情報量全然足らん!
法律の解説できます? たぶんできるでしょう。 法律の条文って結局何言いたいかわからん……。

こういう事態に遭遇して投げ出すライターもいるみたいですが、僕は性格上それができません。なのでアポイントの取り方も調べてアポとるし、専門用語わからんかったら本買って勉強するし、情報量足らんかったら自腹で参考文献買うし、条文わけわからんかったら関係公的機関に電話します。

結果「困った時はどうすればいいか」の引き出しがどんどん増えていって、ますます「やったことないけど、なんとかしますよ」と言えるようになっていきました。するとさらに経験値が増え、成長できます

これが「チャンスを掴みに行くことはできなくても、受け入れるくらいはする」の最大の強みであり、僕が成長できた理由だと思います。

でも元々僕はものすごく慎重派で、「誰が作ったかもわからんのに渡れるか」と言って石橋を叩き割ってから、自分で立て直して「しっかり作ったから渡れるな」と言って渡るような人間でした。

それが「橋が崩れたら崩れたで、泳げばいのでは?」と言えるようになったのは、このコンセプトのおかげです。そしてこっちのほうが人生が豊かになりました。

なので、慎重すぎて行動に移せないような人にも、このコンセプトはおすすめしたいです。

できることだけでいいから

このテーマで書き綴っていたら、全部で1万字を超えていました。あちこち話も脱線したし、要領を得ないところもあったと思いますが、お付き合いいただいた方はありがとうございました。

最後に、一連の散漫な文章のなかでも、これだけは伝えたいということを書きます。

それは「できることだけでいいからやってみようよ」ということです。近頃色々な人と話したり、ビジネス書を読んでいると、どうやら「やりたいと思っているのに、失敗が怖くて行動できない」とか「興味はあるけど、どうせ自分には無理だから挑戦すらしない」みたいな人が多いようです。

これって、自分の人生を自分でつまらなくしています。失敗を恐れて行動しないことが一番失敗だし、よほどのバカをしない限りは失敗したって大したことにはなりません。

「どうせ自分には無理」に関しては傲慢です。努力もしないうちからできるかできないかを見極められるつもりになっているからです。お前に何がわかるんだって話です。

これはどちらも結果にフォーカスしすぎたせいで、身動き取れてない状態です。「失敗」「成功」「実現可能性」どれも結果。でも大事なのは結果じゃなくて、経過です。

失敗したあと、成功したあと、実現しなかったあと、実現したあと、どうするか。結果が出て終わりのことなんて世の中には滅多にありません。結果のあとにも経過は続いていく。

そんな一時的な現象に過ぎない結果なんてさっさと出しておいて、ずんずん前に進んでいけばいい。そうすれば最初の結果より次の結果、その結果よりさらに次の結果という具合に、よりよい結果が出ていきます。そしてその先にもまた別の結果は続いていく。その経過にこそ価値があるんです。

もちろん結果は大事です。結果こそが証明です。でも結果は全てじゃないし、むしろほんの一部に過ぎない。

例えば車の運転ができるという証明は、運転免許証の発行という結果によって行われます。でも僕のように運転免許証を持っていても運転がびっくりするくらい下手な人間もいます。

大切なのは教習所でどれだけしっかり運転を学んだかだし、運転免許証の発行という結果が出たあとにどれだけ運転経験を積むかです。その経過にこそ、価値がある。

だから「現時点でできること」をやればいいんです。それを続けていれば、必ず前には進むんだから。これは「チャンスを掴みに行くことはできなくても、受け入れるくらいはする」というコンセプトの中で、僕自身が体現してきたと思っています。

結果が全てだと思い込んで、その思い込みに縛られて人生をつまらなくしている人は、ぜひ「チャンスを掴みに行くことはできなくても、受け入れるくらいはする」というコンセプトを設定してみてください。

きっと少しずつ人生が変わっていくと思います。

長々とありがとうございました。