筋トレは「建設的な」自傷行為である

筋トレはある意味で、というか科学的な意味で自傷行為である。なぜなら筋トレをすれば筋繊維がブチブチとちぎれ、細胞が死滅するからだ。

自重トレなら自分の体を自分の体で痛めつける行為であり、ダンベル等の器具を使えば鉄の塊を使って自分の体を痛めつける行為になる。

しかし同時にこれほどまでに建設的な自傷行為はない。

筋肉にちぎれるかのような痛みが走るほど、泣き叫びたくなるくらい筋肉を追い込むほど、筋肉は強くなり、成長していく。

しかも骨格筋への刺激はストレス物質の浄化につながる可能性があるうえ、男性ホルモンの分泌を促し、失っていた自信も取り戻せる。

さらには筋肉量が増加すれば、重いものを持ち上げたり、階段の昇り降りといった日常生活のあれこれも楽になるし、血流が良くなるので肩こりなんかとも無縁になる。

僕は筋トレを始めてから、中学時代から悩まされていたお尻のデキモノが一切できなくなった。

こんなに建設的な自傷行為はほかにないだろう。

僕の自罰傾向と「暴飲暴食という自傷行為」

ところで、僕にはもともと自罰的なところがある。

これと決めた理想があると、それに反する言動をとった自分を恥じて責めさいなみ、二度とそうならないようにそこそこ過酷な罰を強いる。

「自分が頑張ればなんとなる」と思いたい

大学受験のときは自分で決めた勉強のスケジュールに固執するあまり、肩凝りが悪化して熱を出すこともあったし、大学時代はともすると怠惰になりかねない自分を叱咤し、やはり肩凝りが悪化して熱が出るまで本を読み続けた。思えば中学時代もよく似たことをやっていた気がする。

しかも悲しいかな、自分を罰することが第一になりがちで、そのため効率が下がり、結果につながらないことも少なくない。

これは7年ほど前に始めて「うつ病」と診断されてからも変わらなかった。

まずうつ病などと診断された自分を責め、否定し、痺れる手足を叩きながら仕事に打ち込んだし、原因を全て自分のせいにして、なんとか自分が変わろうと努力したものだ。

こうやって振り返ると、自分が変わればなんとかなると思いたくて、考えなしに抱え込んでいたことがわかる。

自分を罰するための自傷行為

この自罰傾向はうつ病の症状がピークを迎えた頃、自傷行為として表面化する。

といっても僕はリストカットなどの見るからに痛そうな自傷行為には走らない、というか走れない。もちろん単に臆病だからというのもあるが、根本的にリストカットを行う人たちが抱えているものと僕が自傷行為を行う動機に違いがあるような気がする。

というのも高校2年の時、学校のレポート課題のテーマにリストカットを選び、軽くその心理を調べたことがあって、そのとき僕は「リストカットをする人の根底には誰かに苦しみに気づいて欲しい、自分のことを見て欲しいという思いがある」という考察をした。

この考察を前提とするならば、僕の自傷行為とは少し目的が違うのだ。僕の自傷行為はあくまで自分を罰するものであって、誰かへのメッセージではないからだ。

そのことも影響しているのか、僕はリストカットという選択肢を選ばなかった。
といっても痛そうだから怖いとかいう、しょうもない理由で選ばないだけという可能性が濃厚だが…。

ともあれ、うつ病に苦しんだ僕はリストカットではなく、暴飲暴食という形の自傷行為を選んだ。

最初はてっきりストレスが解消したくて飲み食いしているのだと思っていたが、
何度も翌日の二日酔いや胃腸の疲労感を経験しているうちに、自分が「この辛さによって安心している」ということに気づいた。

僕にとっての暴飲暴食は、自分を罰することで安心するための行為だったのだ。

筋トレが暴飲暴食の代替行為になったが……

しかし筋トレを始めてから、暴飲暴食という自傷行為はすっかりなりを潜めてしまった。それはおそらく筋トレが自傷行為的であることと、筋トレが自傷行為を求める気持ちを抑え込む効果を持っているからだろう。

とはいえ、トレーニングも行きすぎると暴飲暴食と同じように自傷行為になることがある。

去年の夏のトレーニングがまさにそうだった。原因はいまだにわからずじまいだが、夏の盛りに気分が落ち込んだ僕は、なぜだか異様にトレーニングに打ち込んだ。

最初は1時間の筋トレの後に1時間ほどのジョギングをしているだけだった。

しかし筋トレのフォームを間違えていたせいで手首を痛めてしまい、思うような筋トレができなくなった頃から、明らかにトレーニング量が増えた。

重量を落としつつ、手首をガチガチに固めて1時間筋トレを行い、そのあと1時間エアロバイクを漕ぐ。

そのあとランニングシューズに履き替え、さらに1時間走り込む。

途中から古傷の右膝裏十字靭帯が痛み始めたものの、トレーニング量を減らすことはなく、走りこみの速度を落として、なおトレーニングを続けた。

それまでほとんど走りこみをしていなかったにもかかわらず、2日に一回のペースでこのトレーニングを1ヶ月続けた(筋トレはほぼ毎日)。

その結果、キーボードを打つにも手首が痛くなり、普通に歩くだけでも膝が痛むようになった。

「さすがに仕事に支障が出るのはやばいな」と思った頃、突然右耳が聞こえなくなった。

突発性難聴だった。

突発性難聴は基本的に原因がわからないものだが、僕は明らかにトレーニング量が影響していたと考えている。

これだけのトレーニング量なので、一回のルーティンをこなすだけで1000キロカロリー近くを消費する。

にもかかわらず僕は別段食事量を増やすこともしなかった。(体重はどんどん減っていた)

さらに浅くて短い睡眠時間でもなぜか活動できたので、このトレーニングを続けていた期間はほぼ毎日夜2時に寝て8時に起きる生活を送っていた。

僕はこの2つが、軽度の栄養失調と免疫力低下を招き、突発性難聴につながったのではないかと思っている。

やりすぎには気をつけて、筋トレを続けたい

この時の僕は本当に取り憑かれたように体を痛めつけていた。

その結果、トレーニングが暴飲暴食と同じ意味での自傷行為になってしまったのだ。

いまだにあの時の自分が怖くて、ジョギングを再開できないでいる。

しかしながら、このようなリスクをはらんでいるとはいえ、やはり筋トレは優秀な自傷行為である。

自罰傾向のある人は、ただちにくだらない自傷的な行為を取りやめ、筋繊維を引きちぎる作業に打ち込むべきだと思う。

そうすればきっと道は開けるし、道を開く筋肉も身につく。

しかし、くれぐれもやりすぎにはご注意を。