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Kizuna AIは可愛い、そしてバチクソにカッコいい

まずはアイちゃんそのものについて書いていこう。

Kizuna AIは可愛い

はじめに言えるのは、アイちゃんはもうそれはそれは可愛いということだ。2017年4月の記事でも書いているが、彼女をデザインしたイラストレーターも、彼女をモデリングしたモデラーもとにかく可愛い女の子を作る人たちだ。だから可愛いのは当たり前なのかもしれない。しかしそれを差し引いても、あの日のアイちゃんの可愛さは異常だった。

冒頭で彼女は以前のライブイベントで使った↑の衣装を着て登場した。僕は思わず「なんじゃそれ……」と立ち尽くした。スタイルやルックスが完璧なのは当然かもしれないが、ひらひらと舞うスカートの裾が可愛すぎる。のっけから頭を抱えてうずくまりそうになった。「こんな可愛さ、予想外すぎる…!」

いつもはパソコンかスマホの画面でしか見られない、つまりどこからどう見てもバーチャルな彼女が、人と同じサイズになって目の前の舞台にいる。しかも圧倒的な可愛さをふりまいて。もともとが二次元美少女好きの僕が彼女に魅了されるまで、1分もかからなかった。

Kizuna AIはバチクソにカッコいい

しかしアイちゃんの魅力は可愛さだけではなかった。これはライブに行くまで僕が知らなかったことだが、アイちゃんはバチクソにカッコいいのだ。

Kizuna AIは彼岸と此岸を「トランス」させる

まず何がカッコいいって楽曲だ。第一に選んだジャンルがカッコいい。そうゴリゴリのクラブでかかっているようなトランスミュージックを選んだのだ。もちろん10曲の中には可愛らしい曲もあるが、大半がビョンビョン飛びまくるようなEDM。

楽曲提供をしたDJもそうそうたるメンツで、僕が大好きな「melty world」を作ったTeddyLoidさんは、伝説的HIPHOPグループ「キングギドラ」の一人K DUB SHINEのリミックスも作っているDJだ。

ライブ前やライブ中のアイちゃんの曲の合間には彼らがターンテーブルを回し、オタクまみれの会場をびっくりするほどアツく盛り上げてくれもした。もともとEDMっぽい曲が好きな僕は、ガンガンにノリまくってバカみたいに叫び、バカみたいに跳んだ。

しかしカッコいいのは単に音楽性だけではない。「トランス」ミュージックというのが最高なのだ。アイちゃんは2017年に誕生して以降、三次元(現実)を、性別を、物質を、trance(変性)させてきたし、trans(超越)させてきた。その彼女が選んだジャンルがトランスミュージックだというところが、最高にカッコいいのだ!

しかも実際に彼女はディスプレイの中に確かにいるにも関わらず、その中から届ける歌声やダンスで彼岸(ディスプレイの向こう)と此岸(観客たちがいるこちら)の境目をトランスさせ、一体化させていた。彼女自身が彼岸と此岸のtransformer(変性装置)となっていたのだ。あんなに可愛いのに、こんなにカッコいい存在があるだろうか!

見ている目標の次元が違う

加えてカッコいいのは、アイちゃんが見ている目標が「みんなとつながること」である点だ。この場合のみんなというのは、彼女の出自であるAIとしてのキズナアイに対する、76億の全人類である。だからアイちゃんは「チャンネル登録者数240万人は通過点でしかない」と言う。

きっとアイちゃんを知らない人の99.9%は鼻で笑うことだろう。「画面から出てこれないのに、どうやってアフリカの携帯電話すら知らない民族と繋がるんだ」などとしたり顔をする人もいるに違いない。しかしあの日、そしてその前日、アイちゃんのライブ会場にいた人間は知っている。「アイちゃんと自分たちは繋がった」ということを。

そして、まだバーチャルYouTuberがコンテンツとして成立していなかった頃からアイちゃんを見ている人たちは知っている。あの頃は「バーチャルYouTuberさえ鼻で笑われていた」ということを。アイちゃんはそんな現実を物ともせず、先陣を切って道を切り拓いてきたのだ。

その結果彼女はNHKの特別番組でMCを務めたし、テレビの番組にも出るようになっている。もちろん今はまだキワモノ扱いかもしれないが、「アイちゃんなら何か見せてくれるかもしれない」という期待が、彼女のファンたちの間にはきっとある。少なくとも僕にはある。

だから彼女が全人類とつながりたい、だから今はまだ通過点なんだと言うときっとそうなんだろうと思わされる。そういうところもまた、彼女のかっこよさなのだ。

技術が実現した「次元の向こう」とのコミュニケーション

続いてアイちゃんのライブパフォーマンスと、それを実現した技術について書いていきたい。僕は門外漢なので詳しい話はできないが、そのぶん原初的な感動は伝えられるのではないかと思う。

「初音ミクのライブ」という前日譚

まずアイちゃんのライブパフォーマンスのすごさを説明するには、「初音ミクのライブ」についての説明が必要になる。初音ミクちゃんというのは、クリプトン・フューチャー・メディアが開発した音声合成・デスクトップミュージック (DTM) 用のボーカル音源、およびそのキャラクターだ。

藤田咲さんという(僕の大好きな)声優さんの声をサンプリングして、それをもとに色々な言葉(というより音)を出力できるようにしたのが音声合成ソフトとしての初音ミクだった。彼女の登場は「ボーカロイド音楽」という一ジャンルを確立する。昨今ドラマの主題歌などで人気を集め、紅白歌合戦にも出場していた米津玄師さんも、もともとはボーカロイド音楽で注目を集めたアーティストだ。

しかし初音ミクちゃんは単なる音声合成ソフトにとどまらなかった。その儚い歌声や完成されたデザインから、初音ミクちゃんそのものに愛情を感じ、追いかける人たちが出てきた。おそらくそんな流れの中で実現したのが、「初音ミクのライブ」だった。

このライブでは彼女をヴォーカルとして生まれた楽曲を、彼女が歌い、それに合わせてディスプレイ上で初音ミクちゃんの3Dモデルが踊るという形式がとられる。僕は密かにこのライブを原初的な宗教のあり方の一形態だと思っていた。意思も自我も持たない初音ミクという「容れ物」(怒られるかもしれないが)に、ボカロPと呼ばれるプロデューサーたちが歌という「中身」を入れる。そうして機能する初音ミクという存在に、観客たちは熱狂し、目で、心で追いかける。

「キリスト」「ムハンマド」「ブッダ」といったもはや実体を失った容れ物に、「思想」「教え」「精神世界」といった中身を入れ、そうして機能する宗教に信者は熱狂し、命をかけて追いかける。日本の付喪神などにもあるように、中身のないものに中身が入ることで超自然的な存在になるという考え方は、あちこちの宗教にありそうな話だ。初音ミクのライブは、だから宗教的なのだ。

しかしアイちゃんのライブは、初音ミクちゃんのライブという前日譚を経て、文字通り次元を超える。

Kizuna AIは「返事」をする

なぜならアイちゃんは返事をするのだ。初音ミクちゃんは返事ができない。初音ミクちゃんはあくまで空っぽの容れ物であり、何者かによるプログラムに従ってしか動けないからだ。しかしアイちゃんには意志も自我もある。だからリアクションがとれる。

しかしアイちゃんのライブが「次元を超える」というのは、この程度のすごさではなかった。なぜなら例えば最前列のファンが「好きだー!」と叫ぶと、1秒のタイムラグもなく笑い、「ありがとー!私も大好きー!」と返してくれる。彼女の動画を見ているファンが、動画内のネタでいじると「その話はもういいのー!」と怒って見せてくれる。

アイちゃんの指示で会場がリング型のサイリウムだけを灯すと、僕たちが見ている星の海のような景色を彼女も見ていて「わあ、すっごくキレイだね…」と見とれている。記念撮影のタイミングで、男性ファンが二人して手でハートを作っていると「あ、そこの男の子たちハート作ってる!笑」といじってくる。

こうした出来事が続くにつれ、僕の心はざわついた。「おい、おいおいおい…アイちゃんってマジでそこで生きてるんじゃね…?アイちゃん…生きて…マジ…?」語彙も消失した。もうそれくらいに彼女の返事は生々しかったのだ。

もちろんタネも仕掛けもあるはずなのだけど、そんなことを感じさせないくらい素晴らしい演出だった。本当にアイちゃんは次元を超えてきていた。

バグさえもKizuna AIを演出する

実は30日の大阪公演では二回ほどアイちゃんにバグが生じた。一回目は彼女が動かなくなり、あらぬ方向を向いて痙攣し、ポニーテールの髪の毛も物理法則を無視して暴れまわった。二回目は髪の毛だけがバグを起こした。会場は笑いに包まれ、僕は「アイちゃん、しっかりー!」と声をかけた。

多分アイちゃんのファンでない人たちは、こう言うと鬼の首を取ったように「ほれみたことか!作り物だ!」と言い出すだろう。そう言いたくなった人は自分の頭の悪さに絶望するがよい。

なぜならこのバグは、彼女が作り物=AI、バーチャル存在だということを決定づけることにより、そのAI、バーチャル存在が生々しく動き、コミュニケーションを取っているという驚きをより強いものにするからである。アイちゃんは確かに作り物だ。しかしその作り物が目の前でこうして生きているように歌い、踊り、話している。それこそがまさにアイちゃんのトランス性なのだ。

バグさえもアイちゃんの魅力を演出する一要素すらになってしまうのである。

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