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もしあなたが自分の人生は誰かのせいで、何かのせいでうまくいかないと思っているのなら、それはそういう人生を自分で選びとっているだけだということを知るべきだ。

少しだけ昔、人類が空を飛ぶのは不可能だと思っていたし、インターネットなんて存在すらしなかった。「空を飛べない人生なんて糞食らえ」と思った人がいたからこそ、僕たちは今飛行機に乗れる。

少しだけ昔、僕はもう一度毎日「楽しい」と思えるようになるなんて、考えもしなかった。いつまでも未練がましく生きている自分に嫌悪感すら感じていた。体面的にはぼんやり生きていることにしているが(そっちの方が角が立たない)、その実は頭の中でいろんなことを考え、悩み、小さな挑戦を繰り返してきたから今があると思っている。

確かに誰かの、何かのせいにするのは簡単だし、一見ラクだ。しかし外的要因のせいにしている限り、その問題を自分で引き受けない限り、結局人生は変わらない。自分で引き受けられないと選択した時点で、その問題によって発生する不都合をいっさいがっさい呑み込まなくてはならなくなる。そしてその原因は、自分が行ったその選択にあるのだ。

もちろんそれを把握したうえで誰かのせいにすることを選ぶのなら構わない。自分の人生を自分の意思で選びとったのなら、誰にも咎められる筋合いはないだろう。しかしそれを無自覚にしているのに「自分の人生はいつまでも思い通りにいかない」と言っていじけているのなら、人生の無駄遣いだ。自らつまらない人生に身を投じて、「つまらない人生」という万人に共通する悩みから漏れ出す甘い蜜で肥え太っているだけのことだ。

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何度もいうが、それを自分で選びとっているのなら問題はない。太ることをわかっていてピザを食べたり、死ぬ可能性を把握したうえで山に登る人たちを止める権利は誰にもないのだ。

しかし「本気でダイエットする」と宣言してピザを食べていればその人は嘘つきだし、死ぬ可能性を加味せずに危険な山に登るのは単なる馬鹿だ。

人生の諸問題を外的要因のせいにしている人は、こうした人たちと同じだ。自分に嘘をつき、自分を状況を変えられない無能だと断じ、そしてその悲劇に依存しているのである。

挙句他人に助けを求めるようでは、到底救うことなどできない。自分を助けられるのは自分だけであり、他人はそれを少しだけ手伝えるだけなのだから。