「執念」のある仕事がしたい。近頃そう思うようになってきた。「こだわり」ではない「執念」だ。そこには憎しみとか怒りとか、そういう負の感情も混ざっている、「執念」。それがこもっている仕事には、どこか凄みというか、ぞっとするような迫力がある。そんな文章が書けたらきっと楽しいぞ、と思うのだ。
こんなことを思うきっかけになったのは、今期アニメ『フリップフラッパーズ』の手描きアニメーションを目の当たりにしたからだった。
本作は『Dimension W』のStudio 3Hzが制作を担当し、『selector infected WIXOSS』/『selector spread WIXOSS』などを手がけたスタジオPABLOが美術を、「輪るピングドラム」20話の全原画走りや演出・作画監督・一人原画を担当した『四月は君の嘘』5話などで知られる小島崇史がキャラデザイン、総作画監督を、『電脳コイル』で名を馳せた押山清高が初監督を担当している。
そんな情報はともかく、とにかくこの作品の第1話がものすごかった。「こんな細かいところまで手描きで描き込んで、しかもこんなにダイナミックに動かすのか!」と驚いた。何よりもこれを1クールアニメでやってしまうところに、背筋がゾクッとした。これは「情熱」とか「こだわり」とかではなく、「執念」だ。そう感じた。
最近のアニメには比較的小さな手間で魅せることができる3Dアニメーションを使う作品も多い。もちろん3Dアニメーションにもメリットは大きいし、悪いというわけではない。でもそんな趨勢にありながら、「いや、ここは手書きでいく」と決断した関係者の人たちには、執念じみた何かがあったように感じる。
フリップフラッパーズ』は現在も放送中だが、全編にわたって手描きアニメーションの美しい作画が楽しめる。ストーリーは異世界魔法少女モノなのだが、内容よりもその圧倒的な「アニメでしかできない表現」に僕は価値があると思っている。こういう執念じみたアニメは観ていて本当にグッとくる。
そこで初めの話だ。僕もぜひこういうライティングがしたい。確かに今もらっている仕事には「自分の中の何か」を込められる割合は多くはない。しかしゼロでもない。それなら、文章に執念を込めるのも不可能ではないはずだ。
フリップフラッパーズ』1話を観てからこの「執念」を意識してはいるが、かなり難しい。執念を宿すには相応の感情が必要だからだ。でも諦めたくはない。「この文章を読んでいると、執念を感じる」と言われる文章を書くまで、頑張りたいと思う。