2017年が終わる。今年もなんとか生き延びた。何があったかとか、何を思ったかとかは忘れている部分も多いのだけれど、少なくとも仕事においては躍進の年だったと言えると思う。

「こたつライター」、こたつを出る

僕は基本的にいわゆる「こたつライター」だ。こたつライターというのは、こたつに入りながらにして原稿を書いてしまうライターを指す。

f:id:Cogitica:20171229141207j:plain

これは何も「それがすごい」という話ではない。早い話が「まともな取材なしで原稿書いちゃう奴ら」という、取材ライターからの蔑称である。

しかしかつて「最高品質のこたつ記事を書く」という名誉なんだか不名誉なんだかわからない評価をされたことのある僕から言わせてもらえば、質の高いこたつ記事を書くのは、質の低い取材記事よりも大変だ。

専門家や経験者に「一次情報」がもらえる取材記事の方が、よほどラクに書ける。こたつライターもバカにはできないと、いやバカにして欲しくないと思う。

しかし今年、僕はたまにこたつから出るようになった。つまり面識のない人のところに取材に行って話を聞いたり、電話やスカイプ、メールで取材をして仕事をするようになったのだ。

その端緒になったのは、僕の趣味である筋トレがもとになった「スクワットアドバイザーが語る!現代人にとっての「最強のスクワット」とは?」という記事だった。いまやグーグル検索で「スクワットアドバイザー」と入れると、取材対象者ご本人の公式HPよりも上位表示される記事になっている。実際渾身の1本だけあって、今読んでも「健康のためのスクワットならこれで十分」という良記事に仕上がっていると思う。

しかしこの記事のあと、もう1本友人に取材をした記事を書いたが、そのあとは力尽きてしまってしばらく取材をする気力が湧いてこなかった。途中電話取材や、知り合いへの取材をしてみたが、「やっぱり取材記事はタフだな……割りに合わない」という感覚があった。こう考えるには色々な要因があったのだけど、ここでは伏せておこう。

とにもかくにも、「少し早いかも」と思ったのだった。

ブックライティングという仕事とその魅力

ところが転機が訪れる。秋頃にある出版社から「ブックライターやってみません?」という話をもらったのだ。

f:id:Cogitica:20171229141309j:plain

「チャンスを掴むことはしないけど、受け入れるくらいはする」が信条の僕は、特に深く考えず「やってみます」と返事をした。連絡をくれた編集者の方は、僕がライターを始めたての頃に書いた2冊の本の存在を知り、「この人ならなんとかやってくれるかも」という目算を立てたらしい。

いやはや何がどこにつながるかなんてわからないものだと思う。つながるだろうと思っていたことがつながらないこともザラにあるし。

この話が秋からこの年末にかけて実際に進行しているのだが、やっぱりちゃんとした出版社ってすごいんだなと思わされっぱなしだ。

「行き当たりばったり」じゃない

企画がしっかり練られているから、取材途中で「実は書くべきネタがありませんでした」みたいな事態にならない。行き当たりばったりの多いウェブとは大きな違いだ。もちろん行き当たりばったりライティングも疾走感があって楽しいが、「書くべきネタがない可能性」を考えるとあまり時間と労力が割けない。

対して「ちゃんと掘ればネタが出る」とわかっていれば、時間と労力を安心して割ける。この違いは大きい。「真っ当な記事を書ける」というのは、ライターとして誇らしいことだからだ。

取材の経験値を積ませてもらえる

出版社の名前と担当編集者の力を借りながら取材をさせてもらえる。これまでに計3回、2人の取材対象者に取材に行ったが、どの取材でも担当編集者が同行してくれるうえ、取材時に話が行き詰まったら助け舟を出してくれる。この安心感は凄まじい。

f:id:Cogitica:20171229141408j:plain

ウェブメディアの中には「取材してくれるのはいいが、うちの名前は出してくれるな」というめちゃくちゃを言うところもある。「この話をどこで使うかはわからないのですが、お話を聞かせてください」と言って、誰が話をしてくれるというのか。バカか。この点において「○○出版社」のご威光を拝借できるのはありがたい。

また僕は全く取材に慣れていないし、大抵の場合取材される側も取材され慣れていない。最悪の場合は取材があさっての方向に向かって流れていってしまう危険さえある。そこで編集者が助け舟を出してくれれば、ものすごく助かるのだ。決して受け身で取材に行っているわけではないが、どこか企業のOJTを受けているようでもある。

取材は質も大事だが、場数はもっと大事だと思う。その意味で場数を踏ませてもらえるのは、今後のライター人生に大きなメリットがあるだろう。

いろいろ報酬がすごい

物理的・精神的な報酬がすごい。物理的=金銭的な報酬に関しては、売れっ子のブックライターとかに比べれば雀の涙みたいなものなのだろうが、こたつライターとしてコツコツ毎月の収入を確保してきた僕としては、「この労働時間でこんなにもらえるのか」と驚かざるを得ない。

もちろんそのぶん取材の技術や労力が求められるし、文章のクオリティについてもウェブとは比べものにならないくらいこだわりを求められる。

ただ、ここまで書いてきたように、ブックライティングや取材のできる取材の最大の魅力は「真っ当な記事が書ける」という点にある。

f:id:Cogitica:20171229141500j:plain

真っ当な記事を書くのは楽しい。誰にも後ろめたいことがないから、迷いなく書ける。楽しく書けば、文章に熱が乗る。熱が乗ればさらに楽しくなるし、取材対象者も「じゃあこうしてみようよ」みたいにノってくる。 こういう文章の書き方は、本当に幸せだと思う。

もちろんウェブライティングでも、こうした幸せな仕事はある。ドーラの仕事なんかはその最たるものだろう。ネットクリエイターを紹介すると、ときたま本人とかそのファンの方がその記事を読んでくれて感謝してくれたりもする。

このときの幸福感ったらない。例えるなら、大好きな恋人のことを考えて選んで贈ったプレゼントで、恋人が大喜びしてくれた時と同じくらい、「報われたな」という幸福感がある。

こういう精神的な報酬は、誰かをこけおろす記事や不当に貶めるような記事、あるいは後ろめたさのある記事を書いていたら得られないだろう。大半が一次情報で構成されるブックライティングは、このような精神的報酬の面でも、かなりのメリットがある。

来年は頑張るぞ

要約すれば「ブックライティングはいいぞ」ってことだ。ただ、まだ1冊分の仕事も終えていないので、今後ブックライターとしての仕事が続いていくかはこれからの出来次第ということになる。

まさにチャンス、正念場だ。来年は体づくりや登山、サイクリングを楽しみながらも、1月1日からしっかりと仕事にも打ち込んいきたい。