彼女は郷田に自分が今何に思い悩み、そのために今のようなありさまになってしまったのだ、ということを話した。
「そうしたらね、彼はこう言ったの。そんなもん山のものを食えば気にならなくなる。それに俺は死なない、って」
「それは、全然意味がわかりませんな」
ふふふ、と香織嬢は笑った。
「ね、今思うと本当に意味分かんない。だけどその時、この人は私のことを本気で心配してくれていて、必死に励まそうとしてくれてるんだ、って思ったの」
「なるほど」
「あと、ああこの人なら確かに死ななそうだと思った」
「そいつは間違いありませんね。やつは殺しても死なない」
「それで、かな」
「は?」
「それで、好きになっちゃった」

彼女はそう言うと、近くにあったネズミ花火に火をつけ、未だぼんやりとしている弘毅に向かって投げた。突然の攻撃に狼狽した弘毅を見て、バーバラと卓が笑っている。郷田と言えば、みんなからはなぜか離れて遠くの方でなにやら怪しげな動きをしている。あとの二人は先ほどから何の変わりもなく、仲睦まじ気に話している。
「私の話は終わり。で、草さんは?」
「私ですか」
「佳菜子ちゃんのこと、まだ好きなんでしょう」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼女が私の顔を覗きこむ。
「な、な、何を」
「草さんね、自分が思ってるより隠し事下手なんだよ」
「そ、そんな」
「草さんは、別れて一カ月したぐらいから、ずーっと佳菜子ちゃんの事引き摺ってた。最近までそのこと考えないようにしてて、それにも慣れてたけど、この二カ月ぐらいその想いがまた戻ってきてる。どう?」
「なぜ、そんなことが分かるのですか」
私はもはや動揺の色を隠せなくなっている。
「みんなわかってる。郷田も、森野も」
「な、なんと……そうだったのですか」
「でも、草さんが大丈夫って言うから何も言わなかったんだよ。……だけど、本当はどうなの?」
「そ、それは」
「私にこれだけ話させておいて、自分だけだんまりなんて許さないからね」
「は、はい」

私は周囲には聞こえないように、ぽつりぽつりとつぶやくように話した。佳菜子さんについては香織嬢の言うとおりであることや、ジャガイモパーティーの買い出しの時のこと、つい先日のタツヤでのこと。そして、文通相手のこと、その相手に心惹かれていないわけではないが何しろ相手に会ったこともなければ、件の怪しい点もあること。日頃あまり人に本音を話さない私であるので、ひどく頬をほてらせながらしどろもどろになって話すのを、香織嬢は、うん、うん、と辛抱強く聴いてくれていた。
「なるほどねえ……」
と言いながら今度は打ち上げ花火に火をつけ、弘毅に向かって発射した。弘毅は反射的に飛び上り間一髪でかわしたが、着地に失敗して腰をしこたま地面に打ち付けた。バーバラが笑いながら、大丈夫ですか、と声をかけてやっている。弘毅は、なんてことするんですかと香織嬢を非難するが、彼女は笑って謝ると、それだけで済ましてしまった。
「うん」
と言って香織嬢は立ち上がり、続けた。
「草さんは、このまま安心して突っ走れ。それで大丈夫だよ」
彼女は力強く親指を立てて私に微笑むと、
「大丈夫かあ、弘毅い」
と言いながら彼のもとへと駆け寄っていった。
「おうい、みんな注目や」
手持ち花火がほとんどなくなってきた頃に、郷田が皆に声をかけた。
「郷田さん、なんですかあ」
弘毅が間の抜けた声で言う。
「これからが今日のメイン、打ち上げ花火や。どでかいのあげるでえ」
「おい郷田、本当に大丈夫なんだろうな」
「こんなところで打ち上げ花火なんてやって、怒られませんか」
里美ちゃんも心配そうに言う。しかし郷田は豪快に笑ってこう言った。
「怒られたら謝ればええ。俺に任せろ」
この男がこう言うと、何とかなるような気がしてくるから不思議である。
「ほないくでえ」
彼は一列に並べた大きな打ち上げ花火の導火線に次々と火をつけていく。アルバイトでもやっていたのかという程手際がいい。十個ほどの導火線に火をつけて彼は走って皆のいるこちら側に走ってきた。それぐらい手早かったのである。彼がこちらに着いた途端にどおんという大きな音がして、順々に花火が打ちあがっていく。
「わあ、綺麗! すごいすごい」
バーバラがはしゃいでいる。
「寒い中で打ち上げ花火見たん、初めてやわ」
「そうですね、あんまりないかも。しかもこんなに立派な」
冬の花火大会と言うのは全国各地にあるものだが、確かに個人だけでこれほどの規模のものをやることはあまりないかもしれない。なにしろ、この時期に花火を手に入れるのがなかなかの困難を極めるし、あれほど立派なものを買えば夏のうちに使ってしまいたくなるだろう。
「そしたら、片づけして中入るか」
十発目の花火が打ちあがり、その残像も空に溶けていったあと、森野が言ったので、皆が後始末をし始めた。バケツの水を捨て、花火の燃えがらはビニール袋に入れて、郷田の特大打ち上げ花火にも水をかけた。さあ、中に戻ろうか、という段になって卓が、
「あ、線香花火忘れてましたね」
と線香花火がぽつんと地面に置き去られているのに気づいた。

「ほんとだね、どうしようか」
誰へともなく香織嬢がそう言ったので、
「やりましょう、残しておいても仕方がない」
と私が提案し、それが受け入れられた。今夜の締めである。
皆が円になって各々ライターで火をつけていく。ちょうど一人一本であった。小さくけなげに燃える花火が、手持ち花火とは一味違う、とてもつつましい光で持つ人の顔を照らした。浮かぶ笑顔も何かを懐かしむような、そんな顔になる。吐く息が、白い。

「あ」
と小さく誰かが呟いた。

一月二六日.

私が毎月の生活費を郵便局から引き出すのは二五日と決まっている。それは父の給料日がその日で、幼いころからお小遣い日だったからだ。その習慣が今でもなんとなく抜けきらないで、二十歳を過ぎても二五日が生活費の入る日になっている。しかし今月は、なぜだか懐に少しだけ余裕があり、寒くて外に出るのも億劫だったので、引き出すのが今日になったのである。
また、寒くて云々という同じ理由から食料の買い出しも怠けてしまい、あるものだけで間に合わせていた結果、とうとう昨日の夕食を作った時点で冷蔵庫がすっからかんになってしまった。そこで私は郵便局で金を引き出し、その足で買い出しに行く、というできるだけ外に出る回数を減らすために最善の方法を案出した。我ながら感服いたす所である。

ここ最近、気味が悪いほどに気持ちのいい快晴が毎日続き、すがすがしいことこの上ない。しかしいかんせん寒いのと外に出る用がないのとで、惜しげもなく大地に振りまかれる日光の恩恵に全くもって浴すことができずにいた。今日も雲一つない快晴であったので、私は少し嬉しくなっていそいそと外出の支度をした。
買い物袋を持ってその中に財布を入れ、中学の時から履いているスニーカーに足を突っ込んで、外に出る。買い物袋なぞ持ってどこぞの主婦かと思う向きもあるやもしれぬが、私がよく行き、私の大学の生徒の多くも利用するスーパーではレジ袋をタダではくれず、五円で販売しているのである。金をとるだけあってそれなりに厚手の立派なビニール袋なのだが、毎回買っていてはそれなりの出費にもなるので、買い物袋を自ら持参することにしたのである。一年の頃から乗り回している自転車にまたがり、私は大学近くの郵便局を目指した。

ATMで引き出しをすませ、金を財布にしまっていると、視界の端で見覚えのある影がうごめいた。郷田である。何やら局員の女性と話しこんでいる様子だが、私に気がつくと話を切り上げ、こちらの方にやってきた。
「お、おう、草さんやないか」
「よかったのか、何か話していたみたいだったが」
「ええねん、ええねん、実家にお土産送っただけや」
「なぜまたこんな時期に」
「俺、もう卒業やろ。送れるの今年までやからな」
「ああ、そうか……私も送っておこうかなあ」
「そうしい、そうしい。大学通わしてもろた礼代わりにもなる」
「そうだな、近いうちに送ることにする」
「草さんはどないしたん」
「私は金を引き出しに来た。今から買い物だ」
私は右手に持っていた袋を見せる。
「おおそうか。ほな、いってらっしゃい」
「うむ、行ってくる」
私はスーパーで、豆腐三丁、うどん三玉、たまご一パック、即席乾麺五袋入り一パック、白菜四分の一玉、もやし一袋、キムチ三〇〇グラムを購入して帰宅した。さあ何かしようかと思案を巡らせてはみたけれど、近頃家のことは何かとしてしまったのでやることがこれと言ってなく、読書をするにしてもそういう気にもならず、ましてや四年生で講義もなければ卒業論文も既に提出してしまった。とにかくやることがない。このままではいけないとは思いつつも、どうしても一日ぼんやりと過ごして終えてしまうのである。
故に日々が過ぎるのがとてつもなく早く感じられ、いやましに募る焦燥感だけがむやみに私を追いたてる。だからといっても相変わらずやることはないので、私は結局岸田に向かう事になる。今日もその例のごとくである。

森野の家でゲームでもしようとぷらりぷらりぷらりと歩いて行くと、学校帰りの小学生たちが私の脇をすり抜けていく。そのうちの一人が私の方を振り返って言った。
「なあなあ、ちょっとそこ立っといてくれへん」
「なぜだ」
「ええから、じっとしといて」
有無を言わせないなかなか切羽詰まった表情でその少年が言うので、私は仕方なしに立ち止まった。しばらく奇妙なその状態で沈黙と静止が続いたが、危なかった、という少年の言葉でその超現実主義的状況は打ち破られた。
「助かったわ、ありがとう」
「一体なんだったのだ」
「ケイドロやってんねんけどな、今俺泥棒やねん」
「警察がそこまで来ていたのか」
「そやねん、ほんま助かった」
子供は何事にも無邪気に、そして真摯に向き合う事が出来る。近頃では妙に冷めた子供も増えているらしいが、やはり大方の子供この少年のように天真爛漫な顔を持っているに違いない。そう信じたい。
「ケイドロは楽しいか」
いやーほんま危なかったわあ、と小さなつぶやきを連発する少年に私は訊いた。
「うん、めっちゃ楽しいで。兄ちゃんもやるか」
彼は満面の笑みでこたえる。
「いや、私はいい」
「なんや、つまらんな。兄ちゃん暇そうやんか」
「私は私なりに忙しいのだ。行くところがある」
「ふーん、何処行くん」
「すぐそこの友人の家だ」
「そこまでついてったるわ。かくまってもろたお礼」
付いてこられても私に特に益はないし、むしろ困るのだが、この年齢の少年の通す仁義がなかなか気持ちよくもあったので、私はその申し出を有り難くお願いすることにした。
「兄ちゃん、大学生?」
「そうだ、お前は小学生だろう」
「そやで、ランドセル背負っとるからな」
「小学生のお前は、何か夢があるか」
「エライ急な質問やなあ。うーん、夢かあ……あんぱんかな」
「あんぱん? あんぱんとはあのあんこの入ったパンのことか」
「そうそう、あのあんぱんや」
言い回しは大人びているが、なかなかエキセントリックな夢を持つ少年である。既に岸田には到着していたが、私は彼に興味がわいてしまい、立ち話をすることにした。
「なぜ、あんぱんになりたいんだ」
「だって、あれめっちゃうまいやん」
「うまいから、なりたいのか」
そう言うと少年は、わかれへんやっちゃなあ、と眉間にしわを寄せた後続けた。
「なんというかやな、あのふわっとしたパンに、あのちょうどええ甘さのあんこが入ってる、そこや」
「うーむ、すまないがわからない」
「人気者やしな、あんぱんは」
「そうなのか」
「そんなんも知らんのか。クラスで大人気やで。余ったら絶対じゃんけんなるもん」
ようやく得心がいった。彼は人気者になりたいのであろう。それであんぱんとは、なかなか奇抜なメタファーである。よくわかった、ありがとう、と私が言おうとすると少年ははにかむような仕草をしながらこう付け足した。

「まあ、田村があんぱん大好きやしな」
「ん?」
「あのな、田村がな、あんぱんめっちゃ好きやねん」
先ほどまでの威勢のいい物言いは鳴りをひそめ、少年はうつむき加減でそう話す。
「田村さんのことが好きなのか」
「あ、当たり前やん。だって田村めっちゃ可愛いんやで!」
彼はそれから五分ほど田村というクラスメイトの女子の可愛さを私に滔々と話し、私がよくわかった、田村は可愛いなというと、満足げな顔をして去って行った。どこか、弘毅を思わせる純真振りであった。支離滅裂ながら、真っ直ぐな想いを持っているところなどそっくりである。
弘毅の幼少時代もあのような子供であったのだろうかと思いを巡らせながら私が森野の家の扉を開くと、そこには誰もいなかった(郷田もそうなのだが森野の家は必ずと言っていいほど鍵をかけない。とられるものなど何もないというのが彼らの理屈だが、それにしてもやはり不用心な気がする)。
郷田と香織嬢は今日は少し遠出をすると言っていたので帰りが遅いのも知っていたが、出不精の森野が家にいないのは少し意外な気もした。が、少し考えを巡らせた結果、容易にその理由が分かった。彼はテスト勉強の為に図書館に行っているのであろう。彼にしては珍しい、なかなか真面目な行為である。

森野は、直截に言って勉強をしない。といっても何も彼が馬鹿だというわけではない。彼は幼少期からどちらかと言えば天才児である。私が知り合ってからの二年弱でもあまり単位を落とした、という話は聞かなかった(聞かなかっただけのことが最近になって判明した)。しかし、彼が机の上で勉強しているところを私は幾ら記憶を捏造してもイメージすることができない。
森野はテスト前になっても平生と一向変わらぬ生活を送る。テレビも見ればゲームもするし、酒だって当然のように飲む。勉強をしている気配というものを、まるで剣豪か何かのように、完全に消してしまっているのだ。そんなこんなで彼も二年生の終わりまで来てしまったのだが、以前今まで聞かなかった彼の成績状況について尋ねると、些かの余裕も許さぬほどの切迫した状況にあることが判明したのである。私が一年の終わりに取得していた単位数よりはるかにすくなかったのだ。
つまるところ、彼はこのままのペースで行けばあと二年の在学ではどう合おても卒業できないのである。その厳然たる事実が、本人の中でも最近明確に意識され始めたらしく、今期のテストに関しては割合きっちりと勉強しているようだった。元来能力がないわけはないので、やればできる。私は森野のその姿勢を見て、少し安心したものだ。
部屋を見ると、パソコンもない。図書館でレポートでも書いているのだろう。私は一人満足げに頷いて、四年生の特権であるあり余る時間の謳歌を始めた。

夕方の五時頃になって、森野が図書館から帰ってきた。
「ほんま、四年は楽でええなあ」
「社会人になるまでの最後の猶予期間なのだ、許せ」
「まあ、そうか。それはそれでいややな」
妙に納得しながら彼は私の隣に座り、私とともにゲームに興じ始める。
七時ごろになって、もうゲームにも飽き始め、かつ何よりも腹が減ったので飯にすることにした。
「草さん、食ってく?」
と森野が言うので、
「では私も何か作ってくる。米も余っているのがあるから持ってこよう」
「あ、ほんまに? じゃあお願いするわ」
ということになり、私は一度家に戻った。買い出しは今日したばかりなので、材料は十分である。森野が肉料理を作るというようなことを言っていたので、私はアボカドとマグロのサラダを作ることにした。岸田の面々が大好きな一品である。手早く作り、冷やご飯も一度レンジにかけて、また岸田に戻る。

森野の家に戻ると、森野の料理はまだできていなかったので、私はサラダにラップをかけて冷蔵庫に入れた。
「草さん、早いな」
「私のはサラダだからな。森野は何を作るのだ?」
「うーん、なんやろ、これは……とり肉と青梗菜の中華風あんかけ?」
「楽しみにしておくよ」
「腕によりをかけます」
私が今の方に戻り、テレビを見ていると、台所から森野の歌声が聞こえる。彼の声は、低い、いい声である。
時計の針が八時を示す頃、森野の料理が出来上がった。さあ、食べるか、という段になって郷田と香織嬢が帰ってきた。
「ただいま。お、飯あるやないかい」
「ほんとだ、お呼ばれしちゃってもいい?」
「お、ええで」
森野が気前よく返事をする。
「御馳走される代わりに、これ」
郷田の手もとから現れたのは何と生ビールの六缶ケースである。
「おお、どうしたんだ、それは」
「いやー、何となく飲みたくなってな」
がっはっはと大口をあげて郷田が笑う。
「今日、なんかテレビ面白い番組あったっけ」
そう言いながら香織嬢がリモコンをいじる。森野は特大のどんぶりに山盛り入れた米をほおばっている。いつもの光景である。

「もうすぐ二月かあ……」
一缶ずつビールを配り終え、プルトップを引き上げながら郷田が言う。
「節分だね、豆まきしなきゃ」
「去年は草さん、豆まきせんかったよな」
「うむ、確か実家に帰っていた」
「今年は居るんでしょ?」
「はい。恵方巻きもするんですよね」
「そやそや、あれやらな春迎えられへんからな」
そう言って郷田はグビグビグビと缶をあおり、顔を真っ赤にした。
「あの食ってる間の沈黙がやたらとおもろいんよな」
「そうそう、去年は郷田がさ、欲張ってなんでもかんでもまこうとするからものすっごい太巻きになったんだよ」
「男はあれぐらい太いの食わなあかんねんて」
なあ、草さん、と同意を求められたが私はその懐柔策をさらりとかわした。
「それにしてもお前は本当にすぐ真っ赤になるな」
「もう目えまで赤いやん」
「わ、ほんとだ」
「うん、もう、ちょっと、眠くなってきた」
「まだ一缶も空いていないぞ」
「今日はちょっと疲れたから」
そういうと彼は千沙がオーストラリアに行く際に置いて行った大きなビーズクッションにその巨体を沈めた。その千沙はといえば、あの忘年会のあと実家に戻り、今は虫よけベープの工場で働いているらしい。休学期間が三月いっぱいまでなので、それまではあちらにいるのだそうだ。

「っていうか、もう二月やん」
思い出したように郷田がまた言った。
「それはさっきも言ったぞ」
「いやあ、卒業が近づいてきたなあって思って」
「確かにね、もうあっという間かもね」
「ここにおる人で、卒業せえへんの俺だけやん」
「ほんとだねえ、寂しいねえ」
地上デジタル放送対応テレビの液晶画面では、近頃メキメキメキと力をつけてきた芸人が画面狭しと暴れまわっている。会場は爆笑の渦だ。
「まあ、里美ちゃんとか弘毅とか、千沙もおるけどな」
「そうだ、よくここに出入りする人間に、郷田の部屋に入ってもらえばいい」
「だねえ、誰がいいかな」
「まあ、普通に考えれば弘毅やろ」
郷田が言う。
「弘毅かあ、あいつ料理できるしなあ。美味いもん作ってもらお。……でもなあ……」
それまで休むことなく動いていた森野の箸が丼ぶりのふちでとまった。
「でも?」
香織嬢が自分の空いたビールの缶を机に置く。
「でも、郷田がおって、香織さんがおって、草さんがおって、いうのが最近多いせいか、俺の中でこの四人ってのが今は日常やからな」
「あ、森野、結構寂しいんだ?」
香織嬢が悪戯っぽい笑みを浮かべてからかうように言う。
「うん、そやな、結構寂しいかも」

森野はそう言うと視線をテレビに移し、また箸を動かし始めた。