憧れの人
子供の頃、憧れていたおじさんがいた。
父は昔から大晦日に、昔馴染みの友人数人を集めて、年越しの酒盛りをしていたのだが、彼もそのうちの一人だった。
髪を短くしている大人が大半の中、その人は色素の薄い茶色とも灰色とも言えない髪を長く伸ばしていて、高い鼻梁には引っ掛けるように金縁の眼鏡。
目立って喋るような人ではなく、低く優しい声でポツリポツリと話す様子や、僕や兄姉に対する柔和な態度に、僕はひどく憧れた。
僕が鬱病にかかって「もう自分には何一つできない」と絶望していたとき、「まあそれでもいいんじゃない。十分頑張ってるよ」と肩を軽くポンと叩くような言葉をくれたのも、彼だった。
当時はただひたすら自分を責めてばかりいたし、誰といるのにも「蔑まれているのではないか」と神経を尖らせていたのだけれど、その人と話すと心が軽くなって、自分が受け入れられている気がした。
彼は、やっぱり、憧れの人だった。「こんな大人になりたい」と心の底から思った。
「あの人の眼鏡」を求めて
ただし、大人になるのは難しい。僕はもともと子供っぽい性格だからなおさらだ。だからまずは形から入ることにした。
高校生の頃から眼鏡をかけていたから、とかく彼に似た雰囲気になる眼鏡を探そうと思ったのだ。
出典:JINS
そこで見つけたのが丸眼鏡だった。丸メガネは当時(2013年ごろ)少しずつブームになり始めていたので、量販店でも簡単に手に入った。
最初に黒縁、次に銀縁、さらに金縁……1万円ちょっとで買えることをいいことに、僕は色々な丸眼鏡を試していく。
しかし僕は途中から、物足りなさを感じるようになる。どれをかけても、今ひとつ彼の持つムードに届かないのだ。
もっと柔らかくて、知的な雰囲気のある眼鏡はないんだろうか。一向に大人になれない自分の内面は脇に置いて、僕は理想の眼鏡を求めてあちこちの眼鏡店を渡り歩いた。
そうして見つけたのが、東梅田にある老舗眼鏡店「アイトピア」が取り扱っている、「リレ(Lire)」というフレームだった(この眼鏡店についてもまた紹介したい)。
玉型(レンズ)サイズは36mm(某量販店のモデルで45〜50mm)と一見して小さい。

量販店の丸メガネとのフレーム厚比較。
素材には「コバルト合金」と「サンプラチナ」という歯の矯正具にも使われる、軽くて丈夫、しかも錆びにくい金属を採用。そのため極端にフレームを華奢にしても、十分実用に耐える。

鼻パッドがない「一山」。
鼻あては最もクラシックな「一山」タイプだ。
これをかけた時の自分を鏡で一目見た時、「もうこれしかない!」と思った。
知的さを一段引き上げてくれる玉型サイズ。
尖ったところが一切ないフレーム。
正確に言えばその人がかけている眼鏡とは全く違うものなのだけれど、僕にとってリレは「あの人の眼鏡」に他ならなかった。

顔に沿う流線型のラインが美しい。
静かに興奮している僕の内心を知ってか知らずか、いかにも眼鏡にうるさそうな店主が「日本人でこの眼鏡が似合う人は限られています。お兄さんは控えめに言って……完璧に似合っていますね」などというものだから、一分の迷いもなく即決した。
今僕は髪を長く伸ばしているし、歳を重ねて少し肌もくすんできた。いい感じにおじさんになり、見た目はあの人に近づいてきたように思う。
あとは人間、中身だが……。
残念ながら、こっちについてはあと少し、いやまだまだ時間がかかりそうだ。
リレを鼻梁に引っ掛けて、今日も明日も、精進、精進。