「晩飯?あるけど。もうそっちでるの?わかった、待ってるよ」

店長は電話を切った。最近話題になっている機種で、タッチパネルを採用したものだ。いまいちその話題性の原因を店長は理解できていなかったが、以前このことを店のアルバイトの人(といっても店長よりは仕事ができる)にそう話すと、店長それを宝の持ち腐れと言うんですよ、という文句の後に延々と、もとい懇切丁寧な、説明が続いたが、結局その便利さも革新性も、よくは理解できなかった。スタッフの人の自尊心が満たされただけで、それ以外は何のメリットもない、無駄な時間だった。ということをふと思い出して、店長は少し憂鬱になった。

店長の住んでいる部屋は、新米が与えられる最下級の借り上げ社宅で、フローリングのワンルーム六畳、トイレと風呂がセパレートなのが救いで、キッチンは発狂するほど狭い。だいいちコンロが一つのやつしか置くスペースがないのがあり得ない、と同期に洩らすこと再三再四どころではない。とはいえ、世間一般の常識よりは広い部屋をあてがってもらっているので、同期以外には何も言わない。店長はまだ社会人一年目の「青二才」なのである。文句を言っても始まらないということで、店長はキッチンに、腰ぐらいの高さで大きめの棚を設置し、調理器具や調味料などをそこに収納した。そして、最上段は常時空けておき、調理の時に物を置くスペースを確保した。彼は与えられた場で問題点を発見し、それに対する解決策を講じるスピードの速い人間なのだ。大学生活四年間のうち、約二年自炊に真摯に打ち込んだのも、ここでは奏功していると言える。

そのキッチンから店長が出てくる。エプロンをつけ、手にはお盆。その上には出来たばかりの唐揚げとみずみずしいレタス、ポテトサラダが載っている。

「二人分は……まぁ足りるか」

と独り言を言って、テーブルの上にお盆を置く。足の長いテーブルである。椅子が二脚。テーブルクロスは今日は深い深い青である。店長の家のテーブルクロスは、その日のメニューによって変わる。魚の刺身などの時は皿を白にし、テーブルクロスは黒にする。そうすると魚の赤身が鮮やかに浮き上がって、なんとも美味しそうにみえるのだそうだ。彼はとにかくまめな男である。それは部屋の様子を見れば、一目瞭然だ。

店長は読書家である。大学生の頃は一年間に最低一〇〇冊は読んでいた。それも娯楽小説ばかり、というのでは決してない。専門書が中心だったのである。稀書の蔵書も多くあり、研究室の教授が下宿に遊びに来ると、ここうちの貧弱な図書館よりこのジャンルはそろってるよ、などと言われたものである。そんな彼だから、その蔵書数はゆうに五〇〇冊を超えている。それがこの小さな空間の中に違和感なく納まっているのである。その要因の一つに、押入れが比較的広い、ということもあるのだが、もちろんそれだけではない。彼はその押入れにホームセンターで購入した突っ張り棒が棚になったものを設置し、そこに比較的軽いものを収納した。そうしてできたスペースに、びっちりとその蔵書を並べたのである。部屋の中に置いているのはせいぜい五〇冊ほどで、それは本当に彼が愛してやまない書物だけであった。

また、店長は服好きである。旅行や居酒屋などにあまり行かなかった彼は、学生時代アルバイトしてためた金を、本と服にほとんどすべて費やした。その結果が先述した蔵書と、大量の衣服である。四年生の時の文化祭である程度は売りに出したものの、まだまだこの部屋には多すぎる量である。しかし彼は、これをも先ほどの要領でその小さな空間に収納してしまっているのだ。もちろん、防虫剤・脱湿剤完備である。本にも服にも、虫と湿気は敵なのだ。

このように、この男は嫌みなほどマメで、うんざりするほど収納上手で、さらには病的なほどきれい好きなので、はっきりいって女にもてない。身だしなみには気を使っているし、ルックスも標準的なので、標準的な男性よりはもててもいいはずなのだが、いかんせんそうもいかない。彼の家に入った途端、その狂気的に均整のとれた部屋の様相に、たいていの女性は顔を引きつらせ、黙っていても出てくる紅茶や、彼の作った料理好きな女の子も真っ青の手料理にむしろ腹が立ち、洗いものも食べ始める頃にはもはやテーブルに載っている食器だけという手際の良さに途方にくれて、彼の家を出る頃には百年の恋も冷めに冷め果てて、その結果四年間彼女がいなかったのだ。

続く