9月20日から10月2日まで、僕の母は海外に滞在していた。

母が家をこんなに長く空けるのは、多分20年以上ぶりのことだ。

ただ幼い頃の僕とは違って、2週間母と離れたからといって困ることはあまりない。

問題は我が家の王子、黒猫の夜雲(以下やっくん)である。

f:id:Cogitica:20171009210137j:plain

彼は生まれてこのかた母と4泊5日以上離れたことがない。

いつでも母にべったりで、母が一泊以上家を空けると絶望した表情になって食欲をなくしたり、排泄が悪くなったりするほど彼女を愛している。

しかも10歳を超える老猫でもある。

だから僕は正直なところ、母の海外行きに反対だった。

やっくんは母がいないと文字どおり生きていけない。

大阪には僕と父が残っているが、やっくんは基本的に「お母さんさえいればいいにゃ」なので、僕たちを頼るということを知らない。

なんならイマイチ信用できないとさえ感じている。

そんな状況に少しの体調不良が命取りになりかねない老猫を置くのは、酷だと思った。

しかし行ってしまったものは仕方ない。

僕は自分で言うのもなんだが、献身的にやっくんに尽くした。

毎朝8時に起床してやっくんに声をかけ、撫でて欲しいといえば彼が飽きるまで撫でてやり、とりあえず近くにいようと適度な距離を保ってあとをついて歩いたりもした。

f:id:Cogitica:20171009210129j:plain
「この、この草が食べたい……」

トイレ掃除やご飯の管理、水の入れ替えはもちろんのこと、夜のお散歩に同行して食べ方が下手で自分では食べられない猫草を一枚一枚口に運んだりもした。

やっくんが何か文句をいえば「ふんふん、それで?」「なるほどなあ」と相槌を打つ。

仕事でやっくんの近くを離れる時は「あっちにおるからね」と一声かけて仕事に戻る。

最初の週末は父も外泊していたので夜中に

「生まれて始めて1人で過ごす夜は辛かろう……。やっくんが心配だ」

といてもたってもいられず、彼の寝床の近くの母のベッドで眠った。

(夜中に「散歩行きたい!連れてって!」と声をかけてきた。可愛い。)

注げるだけの愛情を注ぎ、行動で示した。

するとどうだろう、1週間を過ぎたあたりからやっくんの僕に対する態度が変わり始めた。

朝声をかけると「にゃんにゃーん」と返事をして駆け寄ってきたり、明らかに一緒にいて欲しそうにしていたり、ついてきて欲しそうにしたりするようになった。

f:id:Cogitica:20171009210151j:plain
散歩中のやっくん。頭可愛い…。

マンションを散歩していても僕に対しては全く警戒しない。

むしろ家の外という状況にもかかわらず甘えた声を出してくれるようになった。

(前は僕に対してもすごく警戒していた)

そうでないときでも僕に対して何か伝えようと、「うんにゃー」「にゃーふ」「んなー」「ひゃひゃーん」など色々な言葉を使ってくれるようになった。

f:id:Cogitica:20171009210201j:plain

僕を「話の通じる相手」「そこそこ信用してもいい相手」と思ってくれているようなのだ。

やっくんの変化からわかったのは、彼は注いだ愛の分だけ愛し返してくれるということ。

僕が今やっているようなことは、これまで母の領分だった。

もちろん今までも僕はやっくんを愛していたけれど、それを行動で示したことはなかった。

ただ今回、きちんと愛を表現したら、彼はきちんと返してくれたのだ。

これはものすごく誠実な態度だと思う。

人間はどれだけ愛を注いでいても、その愛に応えてくれないことが多い。

あまつさえ裏切る人間もいる。

もちろんそこには色々な事情があったりもするわけだけど、やっぱりそこにやっくんのような誠実さはないように思う。

f:id:Cogitica:20171009210157j:plain

僕は常日頃、やっくんを尊敬していた。

(母以外には)頓着せず、何か文句があっても「うんにゃー」などのオブラートに包み、基本的にぼんやりのんびりしている。

そんな彼の鷹揚さを、前から見習いたいと思っていた。

しかし今回のことで、もっと彼を尊敬するに至った。

やっくんの誠実さは、人間界では稀有で尊敬に値する。

f:id:Cogitica:20171009210146j:plain

僕は猫のようになりたい、いややっくんのようになりたい。